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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)416号 判決 1970年1月27日

昭和四二年(ワ)第一四七三号事件原告、

昭和四三年(ワ)第四一六号事件原告

(以下原告という)

浜田藤太郎

昭和四二年(ワ)第一、四七三号事件原告、

昭和四三年(ワ)第四一六号事件原告

(以下原告という)

浜田光志へ

右両名代理人

田中成吾

昭和四二年(ワ)第一、四七三号事件被告

(以下被告という)

藤山正和

昭和四二年(ワ)第一、四七三号事件被告

(以下被告という)

株式会社駒タクシー

昭和四三年第四一六号事件被告

(以下被告という)

高嶋機工株式会社

右被告三名代理人

表権七

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実<省略>

理由

一原告ら主張の請求原因(1)の事実は、当事者間に争いがない。

二原告らは、訴外浜田洋巳が昭和四一年九月二一日、本件事故によつて受けた頭蓋内出血が原因となつて死亡した旨主張するので検討する。

(1)  右訴外人が昭和四一年九月二一日死亡したことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、医師米谷は昭和四一年一二月一四日「訴外浜田洋巳の死亡は、交通事故による頭蓋内出血に関係あるものと推定される」旨記載された意見書を作成したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、証人米谷の証言中には右意見書の記載と同趣旨の供述が存在し、成立に争いのない乙第八号証には「訴外浜田洋巳の兄訴外浜田日出男が、訴外浜田洋巳の死亡に関し保険の手続きをするため米谷医師を訪ねたとき、同医師から訴外浜田洋巳の死亡は、おそらく交通事故が原因になつていると推定されると告げられ、その旨の診断書を書いて貰い、保険会社でも、その診断書を採用した」旨の記載があるが、<証拠>に照して、右意見書の記載証人米谷の証言の右供述、および右乙第八号証記載の米谷医師の言が真実であるとは認められず、その他に右原告らの主張を肯認するに足る証拠はなく、却つて<証拠>を総合すれば、医師米谷作成の右意見書は、訴外浜田洋巳の死亡について自賠法に基づく保険金を請求するために便宜上記載されたもので、訴外浜田洋巳が本件事故によつて受けた傷害が原因となつて同訴外人が死亡したものとは断定できないことが認められる。

三そうすると、被告らに対する原告らの本訴請求中、訴外浜田洋巳の死亡を原因とする損害賠償の請求は、自余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

四訴外浜田洋巳が昭和四一年九月二一日死亡したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すれば、原告両名は、訴外浜田洋巳の両親にして、同訴外人は妻子なくして死亡したことが認められ、右認定に反する証拠はないので、特別の事情の認められない本件においては、原告らは、各、右訴外人の死亡によつて、その遺産の二分の一宛を相続したものということができる。

五訴外浜田洋巳が本件事故によつて受けた頭蓋内出血、頭部顔面挫創を治療したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、証拠を総合すれば、訴外浜田洋己は、本件事故によつて受けた右傷害を治療するために、昭和四一年七月二二日から同年八月一〇日まで入院し、同年八月一一日から同年九月二一日までの間二回通院して、治療費金四六、〇〇〇円を支出したことが認められ、右認定に反する、<証拠>は、前記甲第一号証の二の記載に照してたやすく措置できず、その他に右認定を覆すに足る証拠はない。

原告らは、右の外になお金三、四〇〇円の治療費を支出した旨主張するが、この点に関する<証拠>は前記甲第一号証の二の記載に照してたやすく措信できず、その他に右主張を認めるに足る記載はない。

六原告ら主張の請求原因(4)の事実は当事者間に争いがない。

七そこで、被告藤山正和主張の抗弁について検討する。

(1)  訴外浜田洋巳、訴外荒木三喜雄および被告藤山正和の三名が、ともに福知山商業高等学校の出身者にして、昭和四一年七月二一日京都市右京区所在の西京極野球場において催される高校野球京都府予選試合に出場する、右三名の出身校である福知山商業高等学校の野球チームを応援するために、右野球場に赴き、右試合を見物した後、右三名とも飲酒し、右訴外人両名が、右被告から本件自動車で福知山市まで送つて貰うために、本件自動車に右訴外人両名が同乗し、これを右被告が運転して京都市を出発したことは、当事者間に争いがない。

(2)  原告主張の請求原因(1)および(4)の争いのない事実に右争いのない事実、<証拠>を総合すれば、高校野球京都府予選試合が昭和四一年七月二一日京都市右京区所在の西京極野球場で催され、同日午後に、福知山商業高等学校の野球チームも出場して試合をすることになつていたので、右高等学校の出身者である訴外荒木三喜雄は同日午前一〇時頃、同訴外浜田洋巳は、同日午前一一時頃同被告藤山正和は、同日午後二時半頃別々に右高等学校の野球チームを応援するために、右野球場に赴き、共に、炎天の下で、右高等学校の野球チームの試合を見物した。右高等学校の野球チームの試合は、同日午後八時頃漸く終つたので、右三名は同日午後八時二〇分頃一緒に、右野球場を出て、京都市河原町松原辺に至り、同所の飲食店二カ所位で、二人の友人を加えて五人で食事を共にし、かつ一人当り、ビール大びんを二本位宛飲んでいたら、同月二二日午前〇時を過ぎた。訴外浜田洋巳と訴外荒木三喜雄とは被告藤山正和に対し、本件自動車で福知山市まで送つて貰いたいと頼んだ。これに対し右被告は連日の睡眠不足と、前日の炎天下における野球試合の見物によつて疲労している上に、右飲酒で酩酊していたので、その旨を右両訴外人に告げ、また京都市から福知山市までは相当な距離があるため、右訴外人らを福知山市まで送り届けて、直ちに京都市内に引き返し、京都市内にある右被告の勤務先に出勤することは困難であると考え、一旦は右訴外人らの右の依頼を断つたけれども、右被告が本件自動車で右両訴外人を福知山市まで送る約束で、前記飲酒を始めた関係上、右訴外人らの要請を断り切れず、同月二二日午前〇時三〇分頃、本件自動車の助手席に訴外荒木三喜雄を、その後部座席に訴外浜田洋巳を各同乗させ、自ら右自動車を運転して京都市を出発して、国道二七号線を福知山市に向つた。途中須知町の辺りで、右被告があくびをしたことを見つけた訴外浜田洋巳が右被告に対し、本件自動車の運転を変ろうかと申し出たが、右被告は、右訴外人が自動車の運転免許を得て間がない時期であり、かつ、本件自動車の運転に馴れておらず、その上同被告と同様に右訴外人も疲労し、かつ飲酒によつて酩酊しているものと考え、右の申出を断り、一睡もせず、その運転を続行し、京都府綾部市西原町十塚一八番地先道路上にさしかかつた際、連日の睡眠不足に前日の疲労と飲酒による酔いとが加つて、睡気におそわれ、居睡りしたため、本件事故を惹起したもので、その際右両訴外人は、いずれも、それぞれの座席で眠つていたものである、ことを認定することができ、右認定に反する<証拠>は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

(3)  思うに、自動車を運転する者が、睡眠不足の上に疲労が重なり、更に飲酒して睡気を催したときは直ちに運転を中止して疲労と酔気を取除き睡気の解消を待つて運転し、居眠り運転による危険を未然に防止する義務があることは多言を要しないところであり、自動車の同乗者が、「その運転者において右注意義務を怠り、運転を続行すること」を承知しているだけであるときは勿論、その同乗者が、その運転者に、右運転を依頼したときでも、右運転者が、その意思に基づいて、運転を続行し、右注意義務違反が原因となつて交通事故が発生し、同乗者が損害を蒙つたときは、右運転者は右同乗者に対して、その損害を賠償しなければならないものと解すべきである。

(4)  これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、訴外浜田洋巳は、被告藤山正和が疲労し、かつ飲酒していることを承知の上で、右被告に本件自動車の運転を依頼し、同被告が、疲労と飲酒によつて睡気におそわれていることを承知の上で、本件自動車に引続き同乗していたものであるが、右被告は強制によらず、その意思に基づいて、本件自動車を運転したものであるから、本件事故によつて右訴外人が蒙つた損害を賠償しなければならず、被告藤山正和主張の抗弁は採用できない。

八原告らは、被告株式会社駒タクシーが、本件事故の際、本件自動車を、自己のために運行の用に供していた旨主張するも、これを認めるに足る証拠はない。

九原告らは、本件事故の際、本件自動車が被告高嶋機工株式会社のために運行の用に供されていたものである旨主張するので検討する。

(1)  本件事故の際本件自動車が被告高嶋機工株式会社の所有に属していたことは、右被告の自認するところである。

(2)  思うに、自己所有の自動車の運行によつて他人の生命または身体を害したときは、該自動車の所有者において、自己のために該自動車を運行の用に供していなかつた旨主張立証しない限りこれによつて生じた損害を賠償しなければならないものと解する。

一〇そこで、被告高嶋機工株式会社主張の抗弁について検討する。

(1)  <証拠>によれば、被告高嶋機工株式会社はプレス機械の製造販売、修理、電池箱およびブルトーザーの部品の製造販売を業とするものであることが認められ、

(2)  右認定事実に、前記第七項(2)の認定事実を総合すれば、本件事故の際、本件自動車は、被告高嶋機工株式会社の業務とは無関係の用に供されていたもので、被害者である浜田洋巳はこの事実を知つていたものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、本件事故の際、本件自動車は右被告会社のために運行の用に供されていたものではないということができ、従つて右被告会社は、自賠法第三条によつては、訴外浜田洋巳が本件事故によつて受けた傷害によつて蒙つた損害を賠償する責を負わず、右被告会社の抗弁は相当である。

一一原告らは、被告藤山正和が被告高嶋機工株式会社の被用者であつて、右被告会社の業務について本件事故を惹起したものである旨主張するので検討する。

(1)  被告藤山正和が被告高嶋機工株式会社の被用者であることは、当事者間に争いのないところである。

(2)  原告らは、本件事故の際、被告藤山正和が、右被告会社の承諾を得て本件自動車を運転していた旨主張するも、同主張に添う<証拠>は、<証拠>に照してたやすく措信できず、その他に、右主張を肯認するに足る<証拠>はなく却つて、証拠を総合すれば、本件事故の際、被告藤山正和は本件自動車を右被告会社に無断で使用していたことが認められる。

(3)  本件事故が右被告会社の業務の執行について惹起されたものであることを認めるに足る証拠はなく、却つて、前記第七項(2)および第一〇項(1)の各認定事実によれば、本件事故は、右被告会社の業務とは関係なく若起されたもので、被害者である訴外浜田洋巳は、この事実を知つていたものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、右被告会社が、被告藤山正和の使用者として、訴外浜田洋巳が本件事故によつて蒙つた損害を賠償しなければならない旨の原告らの主張は失当である。

一二叙上の理由により被告藤山正和一人が不法行為者として、訴外浜田洋巳が本件事故によつて受けた損害を賠償しなければならず、前記第五項によれば、右訴外人は、本件事故によつて受けた傷害の治療費として金四六、〇〇〇円を支出したものであるから、右訴外人は被告の不法行為によつて右治療費と同額の損害を蒙つたものということができるが、前記第七項(2)の認定事実によれば、右不法行為が発生するについては、被害者である右訴外人にも過失があつたものということができ、右訴外人の過失を斟酌して、右訴外人の蒙つた損害は金一〇、〇〇〇円とするを相当とする。

一三そうすると、原告らは、それぞれ、被告藤山正和に対する訴外浜田洋巳の右損害賠償債権金一〇、〇〇〇円の二分の一である金五、〇〇〇円宛を相続したものである。

一四原告らの慰藉料の請求は、その主張よりして訴外浜田洋巳の死亡を原因とするものと考えられるが、右訴外人の本件事故による受傷を原因とするものとすれば、第三者の不法行為によつて身体を害された者の親は、そのために、被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右の場合と比較して著しく劣らない程度の精神的の苦痛を受けたときにかぎり、自己の権利として慰藉料を請求できるものと解するのが相当であり、本件に顕われた全証拠調の結果によるも、原告らが訴外浜田洋巳の親として固有の慰藉料を請求できる程度の精神的苦痛を受けたことを認めるに足る証拠はないから、原告らの慰藉料の請求は失当である。

一五弁論の全趣旨によれば、原告らは、昭和四二年一二月五日弁護士田中成吾に対し被告藤山正和に対する本件訴訟の提起とその追行とを委任したことは認められるが、原告らが右弁護士に支払い或は支払いを約した弁護士費用の額については、これを認めるに足る証拠はなく、弁護士費用を損害賠償として請求できるためには、原告らが、弁護士に対し、弁護士費用を支払い、或は、支払いを約して損害を受けたことが必要であると解すべきであるから、原告らの弁護士費用の請求は失当である。

一六原告らは、訴外浜田洋巳の死亡について、原告浜田藤太郎が自賠保険金一、六〇九、七二〇円を受領したことを自認しており、右保険金中には、原告ら主張の治療費も含まれていることは原告らの主張によつて窺われ、成立に争いのない甲第四号証によれば、自動車保険料率算定会京都査定事務所が、原告浜田藤太郎に対し「訴外浜田洋巳の自動車事故にかかる保険金支払額が右原告ら主張の金額となつたから同額の支払額承諾書に記名押印の上返送して貰いたい」旨記載された書面を発送したことが認められるが、右訴外人の相続人は原告両名であるから、原告浜田藤太郎は、両原告を代表して、右保険金を受預したものと解するを相当とする。

そうすると、原告らの前記金五、〇〇〇円宛の治療費相当の損害は、右保険金の受領によつて補償されたものといわなければならない。

一七そうすると、原告らの本訴請求は、すべて失当として棄却しなければならず訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。(常安政夫)

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